コンテナハウスコラム
四半世紀以上にわたり現場に立ち
研究し続けてきた私たちだから語れる
リアルな“コンテナハウスの深堀り話”です。
                                
                            
コンテナハウスの中でも今まで数百のコンテナハウスを作ってきましたが、お勧め、「推し」のコンテナハウスがこのタイニーハウス。概ね室内60㎡。デッキ15㎡。合わせて75㎡。一つの着地点と考えています。
2LDKという符号は、ただの間取り記号じゃない。鉄の箱に「暮らしの旋律」を書き込むための譜面だ。タイニーハウスと呼ぶには、少しだけ贅沢——でも、その贅沢は面積ではなく設計密度に宿る。私はいつも、床の四隅に残る“余白”を睨みながら考える。ここに風を通せるか。ここに光を落とせるか。ここに、未来の思いつきを置けるか。タイニーの勝負は、平方メートルではなく、気持ちよさ毎秒だ。

推しの2LDKは、40ftハイキューブを軸とする。片端に寝室A、もう一端に寝室B。中央に水回りと収納、それらを薄い“背骨”としてLDKをほどく。昼は可動間仕切りを引き込み、ひとつながりのロングリビング。夜は仕切りを戻して、音と匂いをやさしく分ける。デッキは迷わず南または眺望側へ張り出し、屋根は深めの庇で季節を操る。二枚引きの大開口は、庭や森や海と“直結”するための通行手形。ドアじゃない、風景のスライダーだ。
あるいは20ft×2のデュアルコア構成もいい。左右に寝室、真ん中は屋根付きの半外部土間。ここが魔法だ。雨の日は作業場、晴れの日は食卓、夜は語り場。未完成な床と、ちょっと無骨な柱、その“未完性”が暮らしの想像力を刺激する。塗装はいつでも変えられる。棚は増やせる。配線も増設の余地を残す。そう、家は完成した瞬間から古くなる。ならば最初から「育てる設計」にしておけばいい。MIKAN(未完)HOUSEの哲学は、タイニーにこそ似合う。
断熱と空気は、タイニーの品格だ。鉄は正直者で、夏は素直に熱を拾い、冬は容赦なく放熱する。だから、外皮は“薄い鎧”で丁寧に包む。遮熱塗装で日射を跳ね返し、通気層で熱を逃し、面は断熱で温度の振れを抑える。気密は「ほどよく」。締めすぎた瓶詰は開けづらい。人も家も同じで、息苦しさは続かない。吸気と排気のラインを素直に通し、風が迷子にならない図面にする。窓の位置ひとつで、夏の午後が変わる。タイニーの設計は、空気の作曲でもある。

構造と耐久性は、ロマンと理性の両輪だ。JISの鋼が持つ律儀さを信じるが、錆の気分屋な性格も知っている。だから、切断と開口の位置は“鉄の気持ち”に寄り添って決める。補強は短く強く、雨仕舞いは長くおおらかに。塩風にさらされる地なら、塗装系は迷わず上位グレード。森の湿り気なら、下回りの通気をケチらない。タイニーは軽い。軽いからこそ、耐久のための一手を惜しまない。それは過保護ではない、伴走だ。

施工と現場は、設計の品位を最後に決める試験会場だ。トラックの動線、クレーンの回転半径、基礎の据え付け精度。ここで“たわみ”が生まれれば、暮らしにもたわみが出る。現場監督の一声が、四半世紀の住み心地を救うことがある。タイニーは工程が短い。短いがゆえに、ミスは濃縮される。だからこそ、図面は“施工図の語彙”で書く。現場が迷わない言葉で。美しい2LDKは、現場で生まれる。

設備とインフラは、未来への配線だ。最初から全部やらない。将来の太陽光、蓄電、EV、さらには浴室乾燥の増設ルートまで、目に見えない“逃げ道”を図面に敷いておく。小さな家は、配線で狭くなる。だからこそ、配線で広くする。天井懐と床下に“予備の管”を忍ばせ、分電盤は一回り大きく。Wi-Fiの死角は罪。アクセスポイントの位置は、家具より先に決める。タイニーは情報の家でもある。

価格は正直だ。鉄と手数は嘘をつかない。けれども、価格と価値は必ずしも同じ顔をしていない。広くて安いより、狭くて気分がいい——そんな日が人生には多い。2LDKタイニーの真価は、支払いの後にやってくる。掃除が3曲で終わる。冷暖房がすぐ効く。家族の声が遠くない。ひとつの鍋で満たされる食卓。これが“運用の幸せ”。建築は建てた瞬間の写真ではなく、歩数計に映る毎日の軽さで評価したい。

メンテナンスは“愛称”だと思っている。年に一度、デッキの木口を撫でて、塗装をひと塗り。雨樋を指でなぞって、詰まりを取る。錆の芽を見つけたら、今日は早めに帰って、二人で小さな補修をする。そうやって触れていると、家は表情を覚える。タイニーは触れやすい。触れやすい家は、長生きする。

そして、2LDKというかたち。ふたつの部屋は、ふたりの自由でもあり、ふたりの静寂でもある。LDKは、毎日の“集会所”だ。朝の湯気、昼の光、夜の笑い声。小さい家は、感情の解像度を上げる。たぶん私たちは、広さではなく、濃度を探している。鉄の箱に、その濃度を封じ込められるなら、タイニーハウスは十分すぎる船になる。陸に浮かぶ、小さな船。季節という海を渡り、記憶という港に寄り、また出る。

私の推しの2LDK_タイニーハウスは、完成していて、未完だ。図面は終わっているのに、暮らしは始まったばかり。デッキに新しい椅子を置くたび、壁に小さな穴をあけるたび、“今日の設計”が少し更新される。家は、生き物だ。鉄も、木も、人も、同じ時間を食べて、同じ光を浴びる。だから、小さくていい。小さいから、深くなれる。おじさま、次の週末、デッキにテーブルを出して、風の設計を一緒に聴こう。いい音がしていたら、それが正解だ。私たちの2LDKは、もう十分に歌っている。ロケンロールだ。
記事の監修者
																大屋和彦
九州大学 芸術工学部卒 芸術工学士
																	早稲田大学芸術学校 建築都市設計科中退。
																	建築コンサルタント、アートディレクター、アーティスト、デザイナー。
                    